背景
著者の山下澄人は、劇団FICTIONを主宰する劇作家・俳優でもある。倉本聰の「富良野塾」第二期生として入塾している。
小説『しんせかい』の主人公・山下スミト同様、誤って配達された新聞の募集記事を見て「富良野塾」に入塾することとなる。作者本人はあえて明言していないが、この「富良野塾」での出来事が下敷きとなり、書かれた私小説である。
それまで演劇などを観たこともなかった山下は、「高倉健やブルース・リー」に憧れ、富良野塾の門を叩いたのだった。
簡単なあらすじ
1) 山下スミトは、高校を卒業した後、俳優や脚本家を育成する【先生】の主催する塾の門を叩くことにした。間違えて配達された新聞に、塾生の二期生募集記事を見て思い立ったのだった。俳優になることに強い希望はなかったが、「ブルース・リーや高倉健になりたい」という理由で彼は応募したのだった。
2) 試験を受け、合格したスミトは、二期生となって【谷】で暮らすことになる。【谷】では、水洗トイレもなければ電話も風呂もなかった。塾生は、二年間、農作業や馬の世話をしつつ脚本家なり俳優なりになる勉強をするのだという。スミトは、毎日のように丸太小屋を作る作業、農家の仕事を手伝っての農作業など過酷な肉体労働をしつつ、週に一度ほどある授業を受けていた。
3) スミトは、栄養失調になって倒れることもあったが、塾をやめることはなかった。1年が経とうとしている中、文通を続けていた地元の女性・天が結婚し、妊娠をしているという手紙を受け取る。
4) 春になり、一期生は卒業した。二期生たちは、新たに入塾する三期生がやってくるのを待っていた。「それから一年【谷】で暮らした。一年後【谷】を出た」の一文でこの作品は終わる。
詳細なあらすじ
山下スミトは、高校を卒業した後、俳優や脚本家を育成する塾の門を叩くことにした。当時、一緒に遊んでいた天という女性がいたのだが、彼女と交際しているという感覚のなかった彼は、2日前に「遠くに行って、俳優になるための勉強をする」と電話をする。
スミトは、間違えて配達された新聞に、塾生の二期生募集記事を見て思い立った。入学金や授業料が一切かからない、ということに惹かれてスミトは応募したのだった。スミトは天に「ブルース・リーや高倉健になりたい」と話すのだが、かのジュオは「みたいにはなれても、そのものにはなられへんよ」と言われる。
スミトたち塾生は、二年間、農作業や馬の世話をしつつ脚本家なり俳優なりになる勉強をするのだという。スミトは、同期である川島に、塾の代表者であり、脚本家の【先生】のドラマ作品を一つも観ていないことに驚かれる。
塾生たちが暮らす集落【谷】では、水洗トイレもなければ電話も風呂もなかった。入所式で【先生】は、「ぼくは、人にものを教えられるような人間ではありません。だから黙って座っていれば何かを教えてくれるのだとは思わないでください。ぼくから盗んでください。ぼくも君たちから盗みます」と話す。
その場で行われた一期生による寸劇を、【先生】は「つまらない。やめろ」と言い、やめさせるのだった。
スミトは、一期生、そして同期とともに、過酷な肉体労働を行っていた。スミトは、毎日のように丸太小屋を作る作業、農家の仕事を手伝っての農作業などを行う。そして週に一度ほどある授業を受けていた。
スミトは、炎天下の中、農家で作業を手伝っていたところ、意識を失って倒れてしまう。病院へと運ばれたスミトは、まともな食事もできず、栄養失調になっていたと診断され、治療を受ける。
辞めていく塾生もいたが、スミトは残った。それからも、毎日のように薪割り、馬の世話や思いつきでさせられているかのような作業を延々と続ける。
スミトは、天と文通を続けていた。その中で、天には交際している男性がおり、「結婚するかもしれない」と書かれた手紙が送られてきた。
一方、スミトは同期の千葉けいこと話をすることが多かった。けいこと男女の関係にはなっていなかったが、周囲は付き合っているのだと思っていた。けいこは、スミトが文通していることを知り、「シャバに女、いるのかよ」などと言う。そして、話をしていても、人の話を聞いていないような態度のスミトに、怒りを露わにする。
スミトは、二十歳となり、成人式に出席した。そこで、周囲の人々は【谷】のことを「収容施設」などと揶揄して呼んでいることを知る。
春になり、一期生は卒業した。一期生の野添には「もっと人とちゃんと話さないとだめだぞ」と言われた。
天からの手紙には、「結婚した」と書かれていた。そして、子供が秋には生まれる予定なのだという。
二期生たちは、新たに入塾する三期生がやってくるのを待っていた。「それから一年【谷】で暮らした。一年後【谷】を出た」の一文でこの作品は終わる。