『バズ・ライトイヤー』『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』の「自然な同性愛表現」に逆に違和感を感じてしまう理由

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『バズ・ライトイヤー』では、バズのスペースレンジャー部隊のパートナーである女性隊員アリーシャ・ホーソーンが女性と結婚しています。

バズは宇宙にいる間、アリーシャが結婚していたことについては動揺していますが、「女性と結婚」していることについては何も触れていません。

『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』では、イーサン・クレイドが男性のディアゾに恋心を寄せており、エンディングでは仲睦まじい様子が描かれています。

ですが、それまでの過程の中で、イーサンの父親であるサーチャーはイーサンとディアゾを親密にしようとするし、祖父のイェーガーもまた、「彼のことが気になるんだ」と告げられても同性愛についてはなんらリアクションをしません。

「当たり前のこと」として描かれる同性愛

上記ニ作品で共通するのは、「同性愛の登場人物がいるのは当然」ということであり、同性愛のキャラであることについてはなんらストーリー上の理由はない、ということです。また、「同性愛は当たり前のことで、周囲も受け入れるのが当然」として描かれています。

昨今のLGBTQなどについて認識が変わりつつあるというのは、肌で感じられる部分ではあります。ですが、まだまだ上記ニ作品のように「当たり前のこと」として受容されていない現実があります。

だからこそ、私としては現実と作品のギャップが大きいと感じられてしまいまいました。そこの部分もまた「ファンタジー、異世界だから」として解釈するしかないのかな、と思ったわけです。

『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』での表現

『バズ・ライトイヤー』以上に、『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』での表現には違和感を感じてしまいました。父親であるサーチャーが、イーサンの男友達とより親密にさせようとすることに戸惑いを感じてしまいました。

「え?なんら戸惑いや困惑もなく?理解がある父親で、二人が交際していることを受容できるのならまだしも、ノリノリでくっつけようとするの?」という違和感が生じてしまい、その後の数シーンにその尾を引かされてしまいました。

また、明らかにマッチョイズムな祖父であるイェーガーもまた、孫の同性愛について「オールスルー」であることもまた、どこか引っかかりを覚えてしまいました。これもまた、「ファンタジー、異世界だからな」なんてことで無理やり飲み込むこととなりました。

ディズニー/ピクサー作品での同性愛の描き方

二作品だけですので、まだなんとも言えないところですが、「同性愛は普通のことなんだ。それを周囲が真正面から受容できないなんてことはおかしいんだ」という描かれ方は今後も続くのではないか、と思われます。

もちろん、そうした考え方が広まり、当事者の方々が暮らしやすい社会となれば良いと思いますが、現状、そのようにはなってはいません。その現実とのギャップが生じていることに、やはり私は今後も違和感を感じてしまうのかな、と思っております。

むしろ逆に、当事者たちの葛藤や周囲との軋轢・困惑といったこともまたストーリーに落とし込むことができれば、奥行きが出てくるのではないか、と私としては思うわけですが、今後もディズニー/ピクサー作品では「いきなり同性愛描写、周囲はそのことにオールスルー」という表現となり、そのことにモヤモヤとしてしまうのかな、と思うわけです。

映画『バズ・ライトイヤー』での「同性愛表現」とはどのようなものだったか?
映画『バズ・ライトイヤー』で、「同性愛表現」が原因で中国、インドネシア、マレーシア、アラブ首長国連邦(UAE)などで上映禁止となりました。 ディズニー側は「カットには応じない」という姿勢を貫いており、プロデューサーのギャリン・サスマン...
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