簡単なあらすじ
1) 播磨薫子は、株式会社ハリマテクス社長・播磨和昌と結婚し、瑞穂と生人の2人の子供を授かった。和昌は育児に参加せず、浮気をしたことで2人は別居状態となった。だが、瑞穂の小学校受験のことを考えた薫子は、瑞穂の受験が終わるまでは別居を続け、その後に離婚することを考えていた。
2) 瑞穂はプールで溺れ、脳死状態となる。薫子は娘の脳死を受け入れず、自宅での介護を続ける。呼吸を補助する最新機器や、夫・和昌の会社の先進的な技術もあり、瑞穂はまるでただ眠っているだけの少女のようだった。
3) 薫子は、瑞穂を生人の小学校入学式などに連れて行く。だが、理解のない保護者たちや子供は気味悪がり、そうした言葉を聞かされた生人は、次第に姉のことを「死んでいる」などと口にするようになった。薫子は、次第に人前に瑞穂を積極的には出さず、2人きりの親子の時間をゆっくりと過ごすようになった。
4) 薫子の夢枕に瑞穂が立ち、別れを告げた後から、急激に瑞穂の病状は悪化した。そして、薫子は瑞穂の脳死を受け入れ、臓器移植に同意するのだった。瑞穂の心臓を移植した少年は、かつて播磨家に導かれるようにしてやってきており、瑞穂に対する薫子の深い愛情や、薫子が愛用していた薔薇のアロマオイルの香りを、時折感じるのだった。
価格:1,728円 |
書籍情報
作者:東野圭吾
出版社:幻冬舎 書き下ろし
2015年11月18日出版
起:瑞穂のプールでの事故
播磨薫子は、株式会社ハリマテクス社長・播磨和昌と結婚し、瑞穂と生人の2人の子供を授かった。和昌は育児に参加せず、浮気をしたことで2人は別居状態となった。だが、瑞穂の小学校受験のことを考えた薫子は、瑞穂の受験が終わるまでは別居を続け、その後に離婚することを考えていた。
薫子は、瑞穂の通う塾に出向き、久しぶりに会った夫・和昌と模擬面談を受けようとしていた。そんな中、妹の美晴から電話が掛かってくる。美晴は、瑞穂がプールで溺れて病院に救急搬送され、蘇生措置の後にICUに入院していると告げた。
瑞穂は、祖母・千鶴子に預けられており、美晴の子供・若葉とともにプールで遊んでいた。若葉がビーズで作った指輪をプールの底に落としてしまい、その指輪は排水口の金網の上に乗っていた。
瑞穂は、それをとろうとして、排水口の底へ落としてしまう。なおも指輪を拾おうとして、瑞穂は金網に指を挟んでしまう。結果、溺れてしまったのだった。
承:脳死判定・臓器移植
自発呼吸もなく、瑞穂は脳死状態と考えられた。そこで、救命措置に携わった脳神経外科・進藤医師により、脳死判定および臓器移植についての提案をされる。脳死を受け入れようとしていた播磨夫妻だったが生人の声に反応したかのように見えて、瑞穂が手を動かしたため、薫子は臓器移植を拒否する。
そこからは瑞穂に付き添い、薫子は介護をし続けた。そんな中、和昌は、気管切開や人工呼吸器に頼らず、呼吸を補助する機械である人工知能呼吸コントロールシステム(AIBS)の存在を知り、瑞穂にその手術を受けさせる。人工呼吸器から離脱し、瑞穂は自宅での療養が容易に行えることとなった。
さらに、寝たきり状態であるため、筋肉が衰えていくことが考えられたため、和昌は、自社の部下である星野に、人工神経接続技術(ANC)によって、外部からの電気刺激で手足を動かすよう依頼する。そのリハビリを継続することによって、筋肉量は維持され、傍目からはまるで眠っているだけの子供のように見えた。
だが、脳死したはずの子供が手足を動かすことに、気味悪さを感じる者もいた。和昌の父・多津朗は、薫子や瑞穂を明らかに避けていた。薫子は、あくまでも瑞穂は生きていると考え、介護を続ける。瑞穂は養護学校に進学し、教師が訪問してくるようになった。
教師・新章房子は、瑞穂に朗読を行うというが、薫子がいない間、朗読をやめているようだった。さらには、その朗読する内容も、童話の形を借りて、「脳死した子供を生かし続けることに意味はない。臓器移植が必要な子供に、臓器を渡すべきではないか」と言っているようであり、薫子は房子のことを訝しく思う。
そんな中、薫子は房子が席を外した隙を狙い、かばんの中を盗み見る。そこには、「雪乃ちゃんを救おう」というポスターが入っていた。雪乃という少女は、拡張型心筋症であり、心臓移植が必要だった。そこで、渡米して手術を受けようと考えていたが、費用は2億円以上だった。そこで、両親は親友や仲間たちに声をかけ、募金活動を始める。
その募金活動に、薫子は房子と偽って参加し始める。薫子は雪乃のことをきっかけに日本での臓器移植の実態を知り、愛娘・瑞穂が脳死しているにも関わらず、国内で脳死患者からの臓器移植が進んでいない現状に疑問を感じ始めていた。雰囲気や、自分のことを話さないといったこともあり、房子は怪しまれるが、募金活動に参加している様子から、熱意を認められ始める。
ついに目標額が目前となったところで、雪乃は補助心臓内に出来た血栓が原因で、脳梗塞で亡くなる。葬儀に参列した薫子は、涙せずにはいられなかった。
薫子は、多額の募金をしており、驚いた運営者によって正体を調べられてしまう。結果、薫子が房子を名乗って参加していたことが、房子自身にも伝わる。そこで、房子は、「童話は瑞穂ちゃんの喜んでくれそうなものを選んだだけで、瑞穂ちゃんに体から、臓器移植を行うよう勧めるつもりはありませんでした」と真意を聞かされる。
さらに、童話の朗読を中断したのは、「自分の心が朗読する状態になっていなかった」からであり、虚しくなってやめたわけではないと聞かされる。そこからも房子は瑞穂を訪問し、朗読を続けるのだった。
転:「死」の定義
瑞穂がプールで溺れてから3年が過ぎ、瑞穂は9歳となっていた。弟の生人も小学校に入学し、その入学式に薫子は瑞穂も連れていく。だが、瑞穂を生かしつづけることを理解できない保護者たちや子供の話を聞いてしまい、次第に生人は「お姉ちゃんは死んでいる」と思うようになる。
生人は、そのことを母・薫子の前で口に出してしまう。ショックを受ける薫子だったが、さらにそこで妹の美晴や姪・若葉もまた、瑞穂が「死んでいる」と心の中で思っていることに、悲しみや憤りを感じる。
さらに、生人が誕生日を迎え、お誕生日会を開こうとしたが、生人が「友達は来ない。呼んでないから」と言う。理由を問う薫子に、生人は死んだ姉を友達の前に出したくなかったからだと言い放ち、薫子は生人の頬を叩く。
「今から、友達を呼びなさい!」とヒステリックに言う薫子に、和昌もさすがに耐え切れず、薫子の頬を叩いて「価値観を押し付けるな」と言う。和昌は、進藤医師に再度相談し、相変わらず脳死状態であることや、現在も判定すれば脳死となるであろうと聞かされていたのだった。
薫子は、キッチンから包丁を取り出し、警察に「自宅で包丁を振り回している人がいます」と自ら通報する。そして、「今、この場で娘を刺して心臓を止めたならば、私は逮捕されますか?娘は脳死だと言われています。この子は生きているんですか?死んでいるんですか?答えてください。娘を刺した場合、殺したのは私ですか」と警察官に問いかける。
「もし逮捕され、殺人罪と判決が出ても、今までの瑞穂は生きていたんだと思い、喜んで刑に服します」と、本気の様子の薫子に周囲の緊張は張り詰めるが、そこで姪・若葉に「おばちゃん、瑞穂ちゃんを殺さないで」と言われ、包丁を下ろす。痴話喧嘩と処理され、薫子が罪に問われることはなかった。
結:瑞穂の死
薫子は瑞穂を積極的に人前に出すことはなく、親子2人きりの時間をゆっくりと過ごすようになった。そんな中、1人の少年・宗吾が瑞穂に興味を持つようになり、「紙飛行機が入ってしまい、とりに来た」と言い訳をして播磨家にやってきた。
「眠っているの?」「いつ目をさますの?」「どうして歩かないの?」と質問をする宗吾に、薫子は多くは語らず、「世の中には、歩きたくても歩けない人がいるの」など、曖昧に答える。宗吾は、瑞穂のことを「眠った人魚」のようだと思う。
その後、薫子は瑞穂が夢枕に立ったと感じる。そして、瑞穂は「ママありがとう。今まで楽しかったよ…さようなら、ママ。元気でね」と告げ、瑞穂は去っていったという。その日から、次第に瑞穂の体調は悪化し、入院を余儀なくされた。
薫子は瑞穂が、その日に「亡くなった」のだと感じた。そして、夫・和昌とともに、驚く進藤医師に対し、「脳死判定、臓器移植を行ってください」と伝える。そして、やはり脳死であると判定され、臓器移植が行われた。
脳死判定が行われたのは4月2日だったが、薫子は、瑞穂が夢枕に立った4月1日が命日であったと譲らなかった。死亡診断書は4月2日と記載されたが、位牌などには「4月1日」と薫子は記載させた。また、実は薫子は瑞穂の遺影となる写真を毎年撮っており、「私がこの日が来ると思っていなかったと思うの?」と言い、和昌を驚かせる。
瑞穂の心臓は、播磨家にやってきた宗吾に移植された。宗吾は、無事に退院し、人並みな生活が送れるようになった。そんな彼は、ふっとたまに咲いているはずもない薔薇の香りを感じることがあった。薫子は、瑞穂の部屋に薔薇の香りのアロマオイルを使っていた。
宗吾は播磨家を退院後、始めて訪れる。だが、そこは既に屋敷が取り壊され、跡地となっていた。その跡地を訪れ、宗吾は、「この心臓の持ち主は、深い愛情と薔薇の香りに包まれていたのだろう」と思うのだった。