簡単なあらすじ
1) グラフィックデザイナーの「僕」(原田)は、海辺の小さな町にある理髪店を訪れる。70代の店主だけで営むその店で、僕は髪を切ってもらいつつ、店主の話を聞く。
2) 店主は生い立ちから、東京の店を父親から引き継いだことなどを話す。そして、銀座に二店目を出すまでに繁盛させるも、独立を画策した部下に怒りを爆発させてしまい、ヘアアイロンで殴って殺害してしまったことなどを明かす。
3) 傷害致死で実刑判決を受け、服役中に妻と別れて妻子とはそれ以来会っていないのだという。出所後は店を今の場所へと移し、床屋を続けているのだった。全てを話し終えると、店主は「僕」が息子であると気づいていたと話す。
4) 「僕」は、来週に結婚式を挙げることになっていた。そのことを告げにやってきたのだった。「出席して欲しい」と言うことはできず、僕は立ち去ろうとする。そんな彼に、店主は「あの、お顔を見せていただけませんか。もう一度だけ。いえ、前髪の整え具合が気になりますもので」と声をかけるのだった。
詳細なあらすじ
グラフィックデザイナーの「僕」(原田)は、海辺の小さな町にある理髪店を訪れる。民家を改装したその理髪店は、70代の店主が1人だけいた。髪を切ってもらいながら、「僕」はその店主の話を聞く。
「ここに店を移してから15年になります」と店主は言ってから、自らの生い立ちについて語りだす。祖父の代から床屋をやっており、幼い頃から店を手伝っていたこと。絵描きを目指していたが、大成せずに再び床屋で働きだしたことなどを話す。
そんな中、父親が20歳のときに亡くなり、1人で店を背負うことになった。自ら石原慎太郎と同じ髪型にし、「慎太郎刈り」を望む客がやってくるようになり、ようやく店は軌道にのったのだという。
だが、美容院が多くなり、理髪店が傾きだした。ちょうどその頃、結婚していた最初の妻と、酒が原因で離婚することになったのだという。そこから一念発起し、高級店にして繁盛するようになった。そんな中、それまで二枚目の善人ばかり演じていた有名俳優が、「ヤクザ映画に出るから」とカットを依頼しにやってきた。後に、その俳優のトレードマークとなるその髪型をその場で作り出し、その俳優とは懇意になったのだという。
政界・財界人、小説家などもやってくるようになり、銀座に二号店を出すようにもなった。だが、次第に思いあがるようになった店主は、経営に専念するようになったのだという。
だがそこで、本店を任せていた男が「独立する」と言い出した。片腕となっていた男が、「顧客名簿を分けろ」「従業員も連れて行く」などと言い出し、怒りを爆発させた店主はその男をヘアアイロンで殴り殺してしまう。
傷害致死で逮捕され、店主は服役することになった。その服役中、店主は二度目に結婚していた妻と別れることにしたのだった。その妻には、50歳のときに生まれた長男がいた。だが、そんな妻子に迷惑をかけまいと、離婚することにしたのだった。
刑務所では、衛生夫・理髪係を行っていたのだという。出所後、老人ホームの出張散髪を行っており、「自分には床屋しかない」と思うようになり、東京の家を引き払って現在の理髪店を開業することになった。
そんな話をしつつ、客前にある大鏡に自分たちの姿が映らず、海が見えるようになっている理由を店主は明かす。「私の顔など、誰も覚えていないと思いつつ、いつか誰かに『お前は人殺しだろう』と指をさされるのが恐ろしくて」と、事件について触れられないために海を映すようにしているのだった。
店を移して3年目、かつて懇意にしてくれた俳優がわざわざやってきてくれるようになったのだという。彼はかつての髪型を所望し、「ありがとうございます。いまの自分があるのは、あなたのおかげです」と言ってくれた。そんな彼は、まもなくして亡くなった。その病室にも、店主は訪れていたのだった。
話を終えると、店主は僕に「頭の後ろの縫い傷は、お小さい頃のものでしょう。その傷はね、ブランコから落ちたときのものですよ」と言う。店主は、「僕」が息子であることを言わずとも気づいていた。
僕は、店主に「来週、結婚式があるんです」と伝える。そのことを伝えに、僕は店主の居場所をつきとめ、やってきたのだった。「おめでとうございます」「ありがとうございます」というやりとりの後、僕は「結婚式に出席してください」という言葉を飲み込む。
固辞する店主に、どうにか代金を支払った後、僕は立ち去ろうとする。そんな僕に、店主は「あの、お顔を見せていただけませんか。もう一度だけ。いえ、前髪の整え具合が気になりますもので」と声をかけるのだった。