宮崎駿監督が『風の谷のナウシカ』の映画化を拒んでいた理由と原作となる漫画を連載し始めた経緯

日本テレビ系の『金曜ロードSHOW!』で、映画『風の谷のナウシカ』が放送された初回、宮崎駿監督が水野晴郎さんのインタビューで映画『風の谷のナウシカ』の制作をすることになった経緯を問われ、こう答えています。

「(『風の谷のナウシカ』を)映画にするのは、僕は反対だったんですけども。ちょっと、アニメーションの仕事が遠ざかってまして。その時に、映画にするつもりじゃなくて描いた連載、まだ終わってない連載なんですけどね。それが企画になっちゃいまして」と語っています。

「アニメーションの仕事が遠ざかってまして」の意味は、『ルパン三世 カリオストロの城』が現在では高評価となるも、当時は興行的に不振であり、仕事がない状態が続く不遇の時期であったことを指しています。

ただ、この『カリオストロの城』の制作当時、『アニメージュ』副編集長であった鈴木敏夫さんはまだ構想段階だった『風の谷のナウシカ』のアニメ化のために動き始め、『アニメージュ』に『風の谷のナウシカ』の原作となる漫画を掲載し始めます。

ただし、この時、宮崎駿監督が漫画執筆を受けたのは「漫画として描くならアニメーションで絶対できないような作品を」との条件(『ジ・アート・オブ 風の谷のナウシカ』)であり、「映画にするつもりじゃなくて描いた連載」という言葉に繋がります。

その後、鈴木敏夫さんの目論見通り、映画化の話が進められ、「ジタバタしたんですけども、アニメーションやりたくて、ついうんと言ってしまって」と、宮崎駿監督も映画化の話を受諾しています。

映画『風の谷のナウシカ』が公開されたのは1984年3月11日であり、当時は原作本で言うとまだ2巻(全7巻)が発売されるところまでの段階でした。

そのため、宮崎駿監督は「どこまで続くか自分でもよく分からんで、やりたいように描いちゃったもんですから、映画にするのは大変でした。しかも、話が終わってない内にやりましたからね。最後に『続く』ってやりたかったですけども(笑)」と振り返っています。



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